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OXY株式会社 山下拓馬のBLOG

レッドオーシャンで見つけたブルーホール②

第二話 会社を辞める決心

2010年12月18日の日本経済新聞の記事では、僕の人生のターニングポイントとなる見出しが発表された。

《信用取引、同じ担保で複数売買 東証などが規制緩和》

東京証券取引所と金融庁は個人投資家の株式売買の過半を占める「信用取引」について、規制を緩和する方針だ。同じ担保で何度でも売買できるようにする。来年前半にも内閣府令を改正する方向だ。

信用取引のいまの規則では、一度取引が成立すると3営業日後に現金や株式を受け渡しするまで同じ証拠金を用いて新たな取引は始められない。このため一日に何度も売買を繰り返すデイトレーダーなどは、新たな取引をするごとに別の証拠金を用意する必要があった。

「こ、これは・・・。」

証券ディーラーをしていた僕には願ったり叶ったりの改正だった。貯金が全然無かった僕にとって、規制緩和により何度も回転売買が出来るようになれば個人投資家として挑戦できるのではないかという考えが頭をよぎった。

2011年、投資戦略室で営業成績トップだった僕は、K証券の本店営業部に移動することになった。これがノルマ地獄の始まりだった・・・。

本店営業部では、毎月売らなければいけない商品があり、投信や仕組債においては売らなければ帰れないという地獄のような日々だった。

「これ、損するだろ・・・」と思うような商品であろうと、お客様を説得してでも売り切らなければいけないノルマで、本当に鬱になりかけていた。

「やめたいやめたいやめたいやめたい・・・」

そんな時、先に退職した同期と飲みに行く機会があった。
入社当時僕と同じように気軽に働いていた同期だが、会社を辞め会計事務所に転職し、相変わらず楽しそうにやっているようだった。

「僕もやめようか」という思いが募った。

だが、26歳になった僕は辞めたいと思う反面、「上場会社という肩書を捨ててどこに行くの?」という不安が日に日に増すようになった。

毎朝5時半に起き、6時45分には会社につき新聞の読み合わせから始まり、7時過ぎにはその日の流れ、課長にどことどこのお客様に対し必ず売ってくるという報告をし、9時には「寄り付き!!!」との掛け声で一斉に電話をしだす光景を今でも覚えている。金曜の退社が死ぬほど待ち遠しく、サザエさんが始まると人生が嫌になるほどのしんどさを覚えるほどだった。

月日は流れ2012年の夏、忘れもしない日本経済新聞の記事が出た。

2012年7月30日

《証拠金規制、年内にも緩和 信用取引、売買当日の再利用解禁》

東京証券取引所など全国の証券取引所は、個人投資家らが証券会社から株や資金を借りて売買する信用取引の規制を年内にも緩和する。取引の際に担保に差し出す証拠金は現金や株式を受け渡すまで再利用できなかったが、同じ担保を使って1日に何度でも売買できるようにする。

今回の規制緩和により信用取引で買った株を売却すれば、証拠金全額を次の取引に使える。1日に何度も信用取引を手掛ける「デイトレーダー」には証拠金の負担が大きく減り、新規の売買を促す効果が期待できる。

遂にきた!!!

2012年7月30日6時45分、僕はこの記事を読み決心した。

「よし。辞めよう。」

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